28回 夏のインターウニ・ゼミナール参加者の皆さんへ

 

インターウニ・ゼミナールについてのお知らせをお送りします。

 

I. 交通機関と宿泊施設

1.野尻湖ほとり荘へのアクセス

ゼミを行う「ほとり荘」は、JR信越線黒姫駅から車で15分程度のところ、野尻湖畔にあります。ほとり荘の場所は、http://www.mapion.co.jp/c/here?S=all&F=mapi4128827060714094548

を参照してください。

729日は、2時にほとり荘に現地集合です。それまでに到着するようにしてください。JRを利用する人は、妙高5号の黒姫駅到着にあわせてマイクロバスでお迎えしますから、1325分にJR黒姫駅前広場に集合してください。

なお、夏休みが始まった土曜日ということで、新幹線は指定席を予約した方がいいかもしれません。ここでは、東京から来る場合について、列車の接続例をあげておきます。

東京方面からの場合 

   東京(上野)−長野  あさま517          10.44 (上野10.50) - 12.34

   長野 −黒姫     妙高5          12.44 - 13.21 (上野からの場合8900)

☆ 新幹線の特急券は、上野からだと東京から乗るより200円安くなります。

または

   上野 −長野     あさま513               9.54 – 11.25

   長野 −黒姫     普通列車(直江津行き)          11.32 – 12.04  (合計片道8390)

 

東京以外の地からいらっしゃる方は、恐れ入りますが各自アクセスを調べてください。東京からの人も、念のため列車の接続時間は必ず自分で調べてみてください。ちなみに、長野までの高速バスについては、http://www.alpico.co.jp/kbc/bus/express/index.htmlなどに、いろいろ情報があるようです。また、自家用車で現地入りする教員など数名予定されていますので、Mitfahrtgelegenheitを希望する人は、実行委員会までメールで希望を早めにお知らせください。若干名ですが、可能な限りお乗せしていきます。

 

早めに黒姫駅に到着した人は、駅周辺やほとり荘周辺の野尻湖湖畔で昼食をとることもできます。マイクロバスの集合時間に間に合わない人は、黒姫駅から信濃交通バスまたはタクシーを利用してください。信濃交通バスの場合、黒姫駅前から「野尻湖行き」のバスに乗り、バスターミナル「野尻湖入り口」で下車。湖沿いの道を時計回りの方向に歩いて10分ほどで、「ほとり荘」の看板が右側に見えてきます。

車で来る人は、くれぐれも安全運転と到着時刻の厳守をお願いします。

 


2.「ほとり荘」について

ゼミの会場となるほとり荘の連絡先は、389-1303 長野県上水内郡信濃町野尻湖 Tel: 0262-58-2606です。ほとり荘はゼミナール開催中インターウニの貸切となります。野尻湖に面した木造2階建ての民宿で、部屋は、3人から7人程度の相部屋です。タオル、洗面用具、パジャマなどは持参してください。お風呂場には、シャンプー・ボディーシャンプーなどはありますが、ドライヤーはありません。洗濯機は使用できます(洗剤、洗濯バサミなどは各自で持参してください)。

野尻湖畔は、日中は暑くなりますが、夜間は冷えることがあります。上着などを持参することをおすすめします。なお、近くにコンビニはありません。携帯電話は通話可能です。

戸外でGruppenarbeitをすることもありますので、必要に応じて帽子やサングラス、日焼け止めなども持参してください。

 

3.自由時間

自由時間には、湖でのボートや遊泳も楽しめます。ボートで数分の所にある弁天島には比較的水のきれいな湖水浴場がありますので、泳ぎたい人は水着をお忘れなく。(ただし、島まで泳いで渡ることは禁止です。) 自由時間にボートや自転車に乗ることもできますが、合宿中の事故等に実行委員会は責任を負えませんので、あくまで自己責任で楽しんでください。万一のために、健康保険証のコピーを持参することをおすすめします。

731日は、昼食後から午後5時まで、長めの自由時間が設定してあります。水泳、自転車、散歩などを楽しんだり、車があれば何人かで近くの黒姫高原や戸隠などにドライブしたりできます。あるいは、合宿中に不足気味となる睡眠や予習の補給に役立てるなど、有効利用してください。

その他、合宿中には、幻のバーベキュー達人をお招きしてのバーベキュー大会(7/30)や、最終日前日のSchlussfeier(8/1)が予定されています。

 

4.最終日のEvaluationと交通アクセス

最終日(82日)はEvaluation、つまり全体の総括です。この日は内容的にさらに議論をするのではなく、議論を反芻し、またOrganisationなどについて総括する予定です。

簡単な昼食後、12時半頃に解散の予定です。希望者はマイクロバスでJR黒姫駅までお送りします。1257分黒姫駅発の長野行き普通電車に間に合う予定です。(なお、この電車に乗れば、1329分に長野に着き、1345分発のあさま528号東京行きなどに接続します。ただし、Alle Angaben wie immer ohne Gewähr! 各自で確認してください。)

 

5.キャンセルについて

やむを得ない理由でゼミへの参加をキャンセルしなければならなくなった場合は、できる限り早めに実行委員会interuni06@gj9.so-net.ne.jpまで、メールで連絡してください。なお、その場合は、返金を振り込むための口座情報(口座の名義、銀行名・支店名・口座の種類(普通or当座預金?)・口座番号)をメールに明記してください。(すぐに分からない場合は、後日のメールでも結構です。) なお、キャンセルの時期によって、以下のようにキャンセル料がかかりますので、予めご了承ください。

・7/27(木)までのキャンセル連絡の場合:

それまでにかかった費用(テキスト郵送料、保険代金など)、銀行振り込み手数料などの実費を除いて返金します。メールにて、実行委員会まで連絡してください。

7/28日(金)(ゼミナール前日)および7/29()開始時点(午後2時)までのキャンセル:

28日夕刻までのメール連絡にはお返事できますので、メールで連絡してください。

それ以降のキャンセルの場合は、メール連絡に対する返事をさしあげられない可能性があります。その場合、キャンセルの手続きができていないことになりますので、29日の1時から2時の間に、確認のため、ほとり荘まで直接電話連絡をしてください。この場合は、それまでにかかった費用(郵送料、保険代金など)、銀行振り込み手数料に加え、および1日目の宿泊費計8000円など実費をいただきます。それを除いた残金は、ゼミ終了後に返金します。

・ゼミ開始時点で確認のとれない無断欠席の場合: 事情のいかんにかかわらず、一切払い戻しいたしません。

 

なお、初日に遅れて参加する場合や早退などが予定されている場合には、必ず事前に実行委員会にメールで連絡してください。事前に届け出のある部分参加の場合は、該当する宿泊費を払い戻しします。

 

6.実行委員会との連絡について

これからゼミまでの間に、まだ実行委員会からお知らせメールを(場合によっては添付ファイル付きで)いくつかお送りする可能性があります。メールチェックを心がけてください。

実行委員会への連絡は、すべてinteruni06@gj9.so-net.ne.jp宛に連絡してください。その場合、本文だけでなく件名(Subject)にも自分の名前を入れてください。

 

II. ゼミナールの構成とテーマ

野尻湖でのインターウニ・ゼミナールは、ドイツ語の授業ではなく、テーマに関してドイツ語で議論する一種のKolloquiumです。つまり、テクストを手がかりにして、テーマについてドイツ語で議論することを目標にしています。テクストの語学的理解や解釈それ自体は、中心的課題ではありません。

ディスカッションのためのドイツ語表現については、あらかじめ下記のホームページを見て、いくつかの表現は覚えてきてください。http://web.hc.keio.ac.jp/~skazumi/interuni/

 

1. 初日のEinführung

初日は、簡単な自己紹介などの後、さっそくゼミのテーマについてブレーンストーミングをしていきたいと思います。

今回のインターウニではUnrecht und Betroffenheitという重いテーマを扱います。皆さんが参加申込みに際して読んだご案内で、私たち実行委員会ではテーマを次のように表現しました。改めて下に引用しておきますので、思い出しておいてください。

今回のテーマは「Unrecht und Betroffenheit  他者の痛みを共有することは可能か」です。Unrecht Betroffenheitも、どちらも訳しにくい、重たい言葉です。Unrechtとは、法に抵触する行為、人権を侵害する行為、さらには国家による戦争犯罪をも意味する場合もある言葉です。みなさんは、身の回りにUnrechtを見出したことがありますか? 自分の属する社会や国家が犯したUnrechtに気づいたときには、どうすればよいのでしょう? もしそうしたUnrechtに対して、「他人ごと」とは思えない「撃ち当てられ」た感じをいだいて深刻に受けとめるとしたら、その思いこそはBetroffenheitです。つまり、他者の痛みをも「わがこと」として感じる思いです。では、そのBetroffenheitは、「かわいそう」という思いや「同情」とは、一体どこが違うのでしょう?

「テロとの戦い」は世界中で勢いを増し、「格差」がはやり言葉になる今日、Unrechtに対して怒り、正義感や倫理観に駆られてエモーショナルに心を動かされているだけでは、多くの場合何らの問題解決にも至りません。しかし他方、市民一人ひとりがBetroffenheitと勇気(Zivilcourage)を持つことによって社会の矛盾や集団の罪を問いただす、というメカニズムがなければ、おそらく民主主義は機能しないことでしょう。「わが国」が過去に何らかの罪を犯したとしたら、あるいは自分が属する国際社会が大きな誤りを犯しているとしたら、その構成員たる「私」にとってそれは「他人ごと」であってよいのでしょうか? 

今回のゼミでは、このUnrechtBetroffenheitという2つのキーワードをもとに、ドイツ語および日本語による史料文献から文学作品までの幅広いテクストを読みながら、ドイツと日本の戦後史を見直してみたいと思います。例えばドイツにおけるナチズムをめぐる「過去との取り組み」や、日本と近隣諸国との関係、また70年代以降の日独のさまざまな市民運動について考えてみましょう。同時に、貧困や差別、植民地主義の歴史など、世界が抱える現在の問題についても、自分たちとどのように関わっているのか冷静に議論できるきっかけが得られるかもしれません。

以上、Ausschreibungからの引用でした。こうした観点から、初日はまずこのテーマについて、いくつか周辺のキーワードなども取り出しながら、GruppenarbeitPlenumの両方でブレーンストーミングをしていきます。なお初日のPlenumでは、HeselhausさんにEinführungの短い講演をしていただく予定です。皆さんにも事前に何か準備していただく予定にしていますが、その課題については、また追ってお知らせします。

 

. Gruppenarbeit Plenum

ゼミでの作業は、GruppenarbeitPlenumに分かれています。初日と最終日を除いた3日間のArbeitstagでは、午前中にまず3つのグループに分かれてGruppenarbeitをした後、午後ないし夜に全員参加のPlenum(全体会)で議論する、という形となります。

Gruppenarbeit

午前中(9時〜12時)はグループでテクストの解釈をしたり、内容について討論をしたりします。同じグループに、3年生から大学院生まで、さまざまなドイツ語能力の人が集まりますので、お互いに助け合い、またお互い相手に配慮もしながら、活発な議論をしてください。

午後の最初の1時間(14時〜15時)は、グループ毎に作業を続けますが、そこでは議論をさらに続けるのではなく、午前中の議論内容を報告 (Protokoll)にまとめるという作業をしていただきます。そこでは、簡単なThesenpapierを作って討論の内容を全体会に向けて報告できるよう準備してください。(なお、731日は、午後5時まで長い自由時間を入れるため、午後5時〜6時にグループ毎にProtokollをまとめ、夜7時〜9時にPlenumという日程となります。) なお、Thesenpapierでは、「私たちのグループではきょう○○の話をし、そのあと××について議論しました」といった時間軸に沿った体験報告をするのではなく、議論をいくつかのThesenないしFragenの形に簡潔に集約して、全体討論の際にDiskussionのとっかかりとなるような問題提起を心がけてください。

 

Plenum

午後の後半(15時〜17時、7/31のみ夜)は、全員一同に会して議論をします。Plenumの冒頭で、まず各グループの代表者が口頭でThesenpapierを発表した後、それらThesen/Fragenについて、Plenumでさらに議論を深めていきます。討論は、可能な限りドイツ語で行います。ただし、難しい場合は、まず日本語で話してみて、参加者同士で助け合いながらドイツ語にしてみるなど、いろいろ試みてみましょう。また、ドイツ人や教員たちが話すドイツ語が速すぎるとか、長すぎる、難しすぎる、といったことが必ず起こります。そうした場合、学生のみなさんは、遠慮なく、話をいったんストップしてほしいと要求してください。そして、話の流れを誰かにまとめてもらったり、あるいは理解できなかった概念や、長すぎて分かりにくい教員の発言についてなど、どんどん質問をしたりしてください。議論のスピードを自分たちのついていけるペースに戻したり、あるいは話題を自分たちの関心に引き戻したりできるよう、遠慮なく発言し、積極的に自分たちの議論としてください。

 

2.グループ分けとテクストの予習

730日〜81日の3日間のArbeitstagにおいては、それぞれ3つのグループを作って議論します。各グループ毎に別々のテクストについて議論をします。皆さんは各自、自分にとって関心のあるテクストを扱うグループを選んでください。

グループ分けについては、前日の晩に、希望を書き込む紙を掲示します。当日の朝までに希望のグループに自分の名前を記名してください。ただし、各グループが同程度の人数になるように人数制限をしますので、場合によっては、第二希望のグループに移ってもらうなど、必ずしも希望通りにならないこともあり得ることをご了承ください。その意味でも、予習のときには、なるべく複数グループ分のテクストを読んできてください。

ドイツ語のテクストで、翻訳のあるものは、日本語訳のテクストも同封してあります。ただし、Gruppenarbeitでも、Plenumでもドイツ語で議論するので、ドイツ語の方をメインとして読むことを忘れないでください。

なお、テクストと一緒にお送りしたグループリストでは、それぞれのグループにどの教員が配置されるかの予定も記してありますが、これはあくまで予定ですので、今後いろいろ変更があるものと予想されますのでご了承ください。

以下、それぞれのグループについての簡単な説明です。


1日目 (1. Arbeitstag)====================

 

いくつかの具体的観点から、UnrechtBetroffenheitにまつわる問題のありかを検討していきます。Betroffenheitという視点からさまざまな素材を見る訓練といってもいいでしょう。

 

Gruppe A  Einführung in die Problematik im japanischen Umfeld

@ 三島憲一:Generationswechsel und Erinnerungskulturen in Japan

A 岡田邦宏:ドイツは「過去」を克服したか

ナチズムの過去の克服についての議論はドイツでは依然アクチュアルに続いていますが、日本における「過去の克服」の問題は、日本人である私たちにとって、どのように考えればよいのでしょうか。日本における過去との取り組みの経緯をドイツ語で紹介した三島論文を読みながら、参考として、そうした「過去の克服」に自虐的な史観を読み取り、ドイツと日本とは状況が異なることを主張する岡田論文(日本語のみです)を対置することで、二人の著者がUnrechtの所在をどのように位置づけ、またBetroffenheitをどのように感じているのか、見ていきましょう。

 

Gruppe B 従軍慰安婦をめぐるBetroffenheit

@    KaiserHirohito.....

A    松井やより「なぜ裁くか、どう裁くか・・・」

B    藤岡信勝「教科書に従軍慰安婦は要らない」

参考資料 上野千鶴子:アジア女性基金の歴史的総括のために

従軍慰安婦については、例えば日本史教科書での記述をめぐって、またこの問題を扱ったNHKTV番組についての扱いをめぐって、日本国内の世論は二分されていると言える状態です。松井テクストと藤岡テクストとがそれぞれ代表する正反対の立場が、そうした状況を象徴しています。Gruppenarbeitでは、この現象そのものを考察の対象とするのではなく、現代日本における議論のされ方を対象とすることにより、今に生きる私たちにとってのUnrecht/Betroffenheitの問題を考えるきっかけとしたいと思います。

なお、テクストの分量が多いので、上野千鶴子のテクストは参考資料として見ることとし、Gruppenarbeitの中でメインに扱うことはしない予定です。

 

Gruppe C Gewissenをめぐって

@スーザン・ゾンタグ「戦争と写真」

AMartin Walser, Sonntagsrede...

BTh.W.Adorno Minima Moraliaより

CDudenの項目“Gewissen

今回のゼミのテーマととても近いところにある概念の一つがGewissenです。「良心」という訳語がGewissenの訳語としてふさわしいかどうかも議論になるかと思いますが、そうした「良心」をめぐる議論を追ってみることで、私たちにとってのBetroffenheitのあり方を考えていきたいと思います。なお、ゾンタグのテクストは残念ながら日本語訳しか見つかりませんでした。

 


2日目 (2. Arbeitstag)=======================

 

前日の議論を受け、この日はBetroffenheitが問題となるべきさまざまな局面について、具体的ケーススタディの分析をしていきたいと思います。

Gruppe AKonkretes Beispiel in Deutschland: Historikerstreit

@  J.Habermas Eine Art Schadenabwicklung (ドイツ語+)

A E.Nolte Abschliessende Reflexion üb.d.sog.Historikerstreit

ドイツ統一直前の1986年、当時の西ドイツでは、「過去との取り組みはもう十分だ、過去のUnrechtはナチズムのみならずポル・ポトやスターリニズムなど、世界史の中にはたくさんある」とするノルテらと、「ナチズムは他の比較対象が存在しないような、他に例を見ない(=singulärな)行為であって徹底的に取り組み続けるべきだ」とするハーバーマスらの陣営との間で、激しい議論の応酬がありました。この「歴史家論争」は、今回のゼミでもさまざまな場面で話題になると思われますので、できれば事前に、各自情報を収集しておいてください。(この文書の末尾に、ごく簡単な紹介記事を参考資料としてつけておきます。)歴史家論争自身はすでに20年も昔(!)の論争ですが、そのノルテとハーバーマスの代表的テキストを見ながら、Betroffenheitにかかわるテーマについて具体的にどのような議論がなされるのか、見ていきたいと思います。なお、ハーバーマスのテキストについては翻訳がついていますが、ドイツ語オリジナルは冒頭の一章が後日追加されたものであるため、その部分については翻訳はありません。

 

Gruppe B Literarische Betroffenheitsdiskurse

Ingeborg Bachmann

@ Undine geht (ドイツ語+訳)

A Die Wahrheit ist dem Menschen zumutbar.

Betroffenheitがいかなるものか、どのような表現をとりうるか、を考える上でまず思い浮かぶ作家の一人であるインゲボルク・バッハマンのテクストを例に、Betroffenheitの文学表現を検討します。なお、このグループのテクストには、ヘーゼルハウスさんによる解説が冒頭にありますので、そこから読んでください。ちなみに、バッハマンのテクストはかなり難しいので、このグループへの参加を希望する方は、翻訳も参照しながら事前にテクストをよく読んでくることを特におすすめします。

 

Gruppe C  Vergangenheitsbewältigung“ im Schulalltag

Jakob Arjouni „Hausaufgaben“

Jacob Arjouni (1964-) という作家の小説「Hausaufgaben」の1章からの抜粋を扱います。推理小説作家として有名な作家ですが、この小説は、主人公であるギムナジウムの教員のある週末を描いています。今回扱う1章では、「ドイツの過去」をテーマにしたギムナジウムの授業が舞台になっています。生徒のさまざまな発言、それに対する主人公の教員の対応などに注目して読んでいきます。それぞれの発言にどのような背景があるのか、日本で同じテーマの授業を高校で行ったとしたらどのような議論がありうるか、などについて考えてみたいと思っています。参加希望者は、なるべく通して全部読んできていただければと思いますが、余裕のない方は、少なくとも指示した抜粋部分だけ目を通しておいてください。


3日目 (3. Arbeitstag)=======================

 

議論の最終日のこの日は、現代社会に生きる私たちにとってのBetroffenheitの問題について、またこの考え方のアクチュアリティについて、一緒に考えていきましょう。歴史の中、また私たちの身の回りには、私たちをbetroffenにさせるテーマが、メディアに乗らないもの、すでに忘却されたり抑圧・抹殺されているものも含め、ころがっています。これらの問題と、私たちはどう向き合っていけばよいのでしょう?

 

Gruppe A  Überbetroffenheit und/oder Unbetroffenheit?

@Gutmenschaus Wikipedia

AM.Walser, Sonntagsrede

B„Zahn in Mahnmal?

Betroffenheitなき「過去の反省」はRitual(儀式)となります。1Cのグループで見たのと同じヴァルザーのテクストも、そうした点を批判しますが、でははたしてWalserはどのような過去との関わり方を目指しているのでしょう? 他人からも自分同様のBetroffenheitを求め、他人をその議論に巻き込むÜberbetroffenheitとでも言うべき態度は、場合によって必要でもあり、場合によって滑稽な事態(Gutmensch!)をも引き起こします。かといって、あらゆるBetroffenheitを拒む態度(Unbetroffenheit)は、人間性の崩壊とも言うべき事態です。そうしたさまざまなケースについて考えていきましょう。

 

Gruppe B  Betroffenheit im Alltag am Beispiel von We feed the world. 

@    Im Banne des Denkens

A    Die Struktur der Öko-Ethik

B    Wir essen die Welt

冒頭にあるヘーゼルハウスさんによる解説にあるとおり、Erwin Wagenhoferの映画We feed the world を題材に(残念ながらこの映画は入手できませんが)、飽食の先進国と飢餓に苦しむ第三世界のはざまでは、食に関して、目をそむけたくなるようなグロテスクな現実が日々進行しています。このテーマを題材に、私たち自身のBetroffenheitとのかかわりかたを検討します。参加希望者は、この映画のホームページを見ておいてください。

 

Gruppe C  Gender

映画『ベアテの物語』を題材に、ジェンダーの観点も踏まえつつBetroffenheitを考えます。「ベアテ」とは、日本国憲法で男女同権が14条や24条に謳われることになるきっかけを作った女性ベアテ・シロタ・ゴードンさんのことです。詳しくは、追ってメールで連絡します。

 

 

 

 


参考資料 「歴史家論争」について

 

歴史家論争ヴァイツゼッカーの演説は、いくつかの点でコールの歴史政策と対立した。「過去の真実を直視しよう」と言う場合、大統領の念頭にあるのはナチ時代の過去である。だが、保守派の知識人・政治家には、その過去が留まり続けることを嘆く者も少なくなかった。エルンスト・ノルテはそのひとりである。実証主義的な歴史家というより、ハイデガー流の歴史哲学者を自負するノルテは、一九八六年六月に『フランクフルター・アルゲマイネ』紙に「過ぎ去ろうとしない過去」と題する論文を発表して、哲学者ユルゲン・ハーバーマスとの問に「歴史家論争」のきっかけをつくった。すでにコール政権発足前からナチズムの相対化をはかる論文を発表してきたノルテの考え方は、国民的な歴史像の有効性を信じるコールやドレッガーの立場と軌を一にしていた。

ノルテにとって、アウシュヴィッツは伝来の反ユダヤ主義から生じたものではなく、「ロシア革命の絶滅行為に対する不安から生まれた反動」にほかならなかった。それは、「ソ連による階級殺鐵というより大きな悪事を阻止するための小さな悪事」にすぎないのであった。ノルテは「ナチのホロコーストはスターリンの大粛清やポル・ポトの大虐殺と比較可能である」と述べて、ドイツ史最大の汚点であるアウシュヴィッツの歴史的な意味合いを相対化しようとした。

ノルテの主張に厳しい反論を加えたのがハーバーマスであった。ハーバーマスは「六八年世代」の若者たちに批判理論を提供したフランクフルト学派を代表する社会哲学者であり、七〇年代後半の保守派歴史家たちのナチズムにたいする弁護論的傾向に危険を感じ、これを論破しようとした。実際、コール政権の成立はこの手の保守派歴史家たちに活動の場を提供した。コールは自らの歴史観に適合する歴史学者をブレインとして重用し、歴史政策を進めていたのである。

ハーバーマスはホロコーストに象徴されるナチの犯罪を絶対無比のもの(singulär)と規定したうえで、ドイツ人はアウシュヴィッツを経てようやく普遍的な西欧理念へとたどり着くことができたと論じた。つまりハーバーマスにとって、アウシュヴィッツは戦後ドイツ民主主義の原点であり、その反省こそがドイツ連邦共和国の歴史的アイデンティティの基盤をなすものである。ハーバーマスのこうした主張は、六〇年代のフィッシャー論争と「六八年世代」の抗議運動の高まりを経て歴史学の一角を担うようになった「批判的歴史学」の学者たちに強い共感を与えた。ハンス・ウルリヒ・ヴェーラーやユルゲン・コッカらの社会史学派、ハンス・モムゼン、マルティン・プロシャートらの現代史家は、ハーバーマスという強力な支援者を得て、保守的な伝統的歴史学の潮流を押し戻そうとしたのである。

歴史家論争には学問的な新発見はなかった。ただ、それまで曖昧であった歴史家の政治的立場が鮮明になっただけである。たとえば、優れた外交史家として知られるアンドレアス・ヒルグルーバーはノルテの立場に接近し、著書『二通りの没落』(一九八六年)で東部戦線で戦ったドイツ国防軍の歴史的意義を強調し、その東部戦線に守られて進行したユダヤ人大虐殺の犠牲者の運命をこれに付随する現象として綾小化した。若手の歴史家ライナー・ツィーテルマンは長大なヒトラー伝(一九八九年)を著したが、ホロコーストには一言も触れなかった。歴史家論争では、ナチズムやホロコーストの相対化だけでなく、東方の脅威からドイツを防衛するためには対ソ戦はやむを得なかったとする主張や、ボリシェヴィズムの脅威を強調することでアウシュヴィッツを免責しようとする主張が右翼知識人によって展開されたが、いずれも「批判的歴史学」の厳しい批判を受けて学問的には退けられた。だが、世論に大きな影響力をもつメディアの場でアウシュヴィッツの読み替えがはかられたことは、重大な意味をもった。ノルテ、ヒルグルーバー、ツィーテルマンらの議論を比喩的にいえば、アウシュヴィッツという「ドイツ史に刺さった棘」を抜く試みであった。かれらは決して自覚的な反ユダヤ主義者でも、ホロコースト否定論者でもなかったが、かれらの主張にナチ時代のドイツを「脱犯罪化」する、つまりナチ時代の犯罪性を希釈化する意図があったことは否めない。事実、かれらの主張はアウシュヴィッツを否定しようとする極右・ネオナチ勢力に受容され、反ユダヤ主義宣伝に利用された。また、ドイツだけに都合の良い歴史記述が、かつての犠牲者の歴史認識と衝突することは必至だった。

(石田勇二『過去の克服』白水社 2002年、より)