Macht der Bilder, Ohnmacht der Sprache?(映像と言葉)


「今回のテーマは、"Bild"です。"Bild"という語は、「映像」「画像」以外にも、「写真」とか「絵画」という意味で使われますし、また「イメージ」とか「光景」といった意味で用いられることもあります。今回のゼミナールでは、こうしたさまざまなBilderについて考えてみたいと思います。

今回、私たちの生活はじつに多くの、そして多様なBilderに取り巻かれています。テレビやビデオの映像はもちろん、街中にあふれる広告には写真やイラストがふんだんに使われていますし、映画やコンピューター・ゲームがなければつまらないという人もいるでしょう。逆に、同じBildでも絵画は少し古くさく感じる人もいるかもしれませんし、さらに映像のないメディア、つまり活字の世界は苦手だ、本や新聞、とくに大学のテクストを読むのはつらいという人も増えているようです。それに対応して、みなさんのドイツ語の教科書にも多数のイラストや写真が用いられたり、ビデオが教材として使用されているのではないでしょうか。映像メディアやインターネットの発達は、文字の文化に対する映像の文化の優位を決定的なものにしたかのようです。

しかし、ラスコーの洞窟画までさかのぼってみれば、Bildは人類最古の文化に属するものであり、文字の文化が支配的になって、多くの人々が教育を通じて読み書きできるようになったのは、せいぜいこの200年くらいのできごとにすぎません。最近の技術の発展がもたらした複製の可能性が、Bildの文化の新しい展開を可能にした、ということなのかもしれません。今後、文字よりも映像が優位な位置を占め続け、文字を用いる言語はそれほど重要ではなくなるのでしょうか。それとも、映像と言葉はこれまでとは違う新たな補完関係を築くことになるのでしょうか。また、日本とドイツの間でこの問題に関して、何か違いはあるのでしょうか。」(インターウニの案内より抜粋)


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